東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)153号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決の認定判断は、正当であつて、次に説示するとおり、原告の主張は、いずれも採用の限りでない。
1 引用例に本件審決認定のとおりの記載のあることは原告の認めるところであり、右事実に成立に争いのない甲第三号証(引用例)を総合すれば、引用例(右が本件英国出願前の昭和四四年六月一一日に頒布された刊行物である特許出願公告公報であることは、原告の明らかに争わないところである。)の特許請求の範囲の項には、その触媒(活性成分)の組成について、「該耐火性酸化物上に沈着した白金族金属」との文言記載があり、また、その発明の詳細な説明の項には、引用例記載の発明に用いられる触媒に関し、「本発明方法の支持された触媒は、不活性の陶磁器性の骨格構造体の上に付着された、活性化された耐火性酸化物と、骨格構造体の支持体の上に含ませられた触媒活性を有する金属とを有する。触媒活性を有する金属は、好ましくは白金族の金属、例えば白金、パラジウム、ロジウム、ルテニウムまたはイリジウムあるいはこれらの組合せ、例えば白金―ロジウム混合物、パラジウム―ロジウム混合物である。」(第四頁第八欄末行ないし第五頁第九欄第八行)旨、耐火性金属酸化物を沈着担持させた骨格構造体に白金族金属を担持、活性化させる具体的手段について、「活性化されたアルミナを上に付着した骨格構造体を、一種またはそれ以上の白金族金属の一種またはそれ以上の水溶性無機塩の溶液の中に含浸し、その混合物を攪拌して均一な分散を確保し、そしてその金属を触媒構造体の上に遊離状態でまたは化合状態で析出させる。金属は次いで従来普通の方法で活性化される。」(第五頁第九欄第一七行ないし第二三行)旨、更に、硝酸プラントの末尾カスを大気に放出する前に還元性気体燃料と混和して高い空間速度で粒状の担持された白金族金属と接触させる従来法は、窒素酸化物の除去効果は良好であるが、反応器内に粒状の触媒体が詰まつているため相当の背圧がかかる問題があり、また、粒状触媒体は処理操作中に動くため触媒体同士が相互に摩擦し合つて高価な白金族金属が多量に損耗する問題があること、引用例の発明は、このような問題点を解決するため、白金族金属を粒状の担体物質に担持させる代りに骨格構造体に担持させるものであること(第二頁第三欄第七行ないし第四三行)、実施例1において骨格構造体にパラジウム単体を付着させたものについて、その付着の態様及び排ガス浄化装置の構造について詳記したうえ、その触媒効果を明記し、実施例2及び同3には、引用例の発明の単一の耐火性触媒体と従前技術の粒状触媒体との比較結果をそれぞれ記載していることを認めることができる。そこで、前記争いのない本願発明の要旨と上記認定の事実に基づいて、本願発明の触媒と引用例のそれとを対比すると、両者がその使用目的を同じくし、また、耐火性酸化物層を担持(沈着)させた担体物質に白金族金属を担持(沈着)させた点において同一の技術的思想に基づくものであることは明らかである。原告は、引用例は、実質的には、パラジウムのみ、せいぜいそれと近縁の白金族金属単体からなる触媒を用いることについてのみ開示するにすぎない旨主張するが、前認定の事実によると、引用例が触媒活性を有する金属たる白金族金属として白金―ロジウム混合物をも用いるもので、白金族金属の混合物の場合も白金族金属の単体と同様の手段によつて骨格構造体に付着担持させ、かつ、従来周知の普通の方法で活性化を図るものであることは明白であり、引用例の白金―ロジウム混合物と本願発明の白金―ロジウム合金との間にそれ自体実質上の差異がないことは原告の認めるところであつて、「混合物」と記されたものと「合金」との間に触媒として差異があることを認めることはできないから、引用例は、白金―ロジウム混合物(合金)についても、その記載の触媒としてパラジウムと同様の効果を奏することを開示しているものというべきである。もつとも、引用例において実施例等で効果が具体的に記載されている触媒の白金族金属は、パラジウム単体のみであるが、引用例の実施例は、従来の粒状の担体物質に白金族金属を担持させる代りに白金族金属を骨格構造体に担持させ、担体物質を骨格構造体としたことによる効果を検討することに重点をおいてなされたものということができ、右の観点からなされた引用例の実施例に白金族金属としてパラジウムを用いた例しか記載されていないからといつて、引用例が白金―パラジウム合金を触媒として使用することについて開示していないものということはできず、また、引用例に、白金―ロジウム混合物(合金)についてその成分組成割合を示していないことも右判断を妨げるものではない。したがつて、原告の右主張は採用することができない。
2 次に、原告は、本願発明は、触媒の白金―ロジウム合金中のロジウム含有量を一重量%ないし二〇重量%未満に限定し、希少かつ高価なロジウムを多量に使用しないのに、ロジウム含有量二〇重量%以上のものに比し、それほど劣らない効果を奏する旨主張するので、以下この点を検討するに、前記争いのない本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証の一(本願発明の特許願書並びに添付の明細書及び図面)及び二(本願発明の特許出願手続補正書並びに添付の全文補正明細書及び図面)を総合すれば、本願発明の明細書には、本願発明は、排ガス(例えば、ジーゼルエンジンの排ガス、アンモニア酸化を行う硝酸工場の廃ガス)中に含まれる窒素酸化物を気体還元燃料により還元する際に用いる触媒に関するものであつて、ジーゼルエンジンの排ガス中の有害成分の除去手段として周知の接触燃焼において、コストを低価させるため、その反応温度を低下させることが必要であるところ、従来法の問題点として、ジーゼルエンジンの排ガス処理に関し、「中間または高負荷条件下でジーゼルエンジンの排気中に放出される炭化水素例えばメタン、エタン及び他の有機成分は、反応が生じる前に、比較的高い触媒温度を必要とする。したがつて、実質的に低い反応温度でメタン及び低級炭化水素に対して活性である触媒を提供することは現存する方法よりは実質的な進歩をもたらす。同様に、大気汚染除去(しばしば「NOx除去」として知られている)に担体付触媒金属を用いる場合使用に最も困難な燃料はメタンである。というのはメタンは反応前に高い触媒温度を必要とするからである。しかしながら、メタンは利用し得る最も廉価な燃料であり、もし実質的に低い反応温度でメタンに対して活性を有する触媒を開発すれば現存する方法よりも実質的な進歩がもたらされる。」(第四頁末行ないし第五頁第一四行)旨、また、アンモニア酸化による酸化窒素の製造における廃ガスの処理に関し、「燃料として天然ガスを用いる既存の商業的NOxシステムはH2又はナフサのようなより高価な燃料を使用するシステムに比べると十分満足できるものではない。高い触媒入口温度のために、通常二床触媒系が必要とされ、多くの場合に低燃料変換効率、低NOx除去率及び非常に短い触媒寿命であることが報告されている。」(第六頁第一五行ないし第七頁第一行)、「このような系では、触媒は、非常に活性であり、ガス流に対して最小抵抗を示し、かつ、反応を低初期反応温度または点火温度で促進させることが重要である。」(第八頁第三行ないし第七行)旨の記載があり、本願発明の目的について、「低温での点火を可能にし、低温入口ガス流を達成させる触媒を提供することを目的とする。」(第七頁第二行ないし第四行)、「本発明の目的は、有機汚染物の点火を比較的低温で行うことができ、これにより大気中に逃げる流出ガスから上記汚染物を完全に除去し得る方法を提供することにある。接触燃焼による大気汚染制御は使用し得る触媒の種類に多数の制限を課する。触媒は低温度で活性でなければならないという条件の他に、酸化並びに還元条件下で安定でなければならない。触媒は反応器に充填された場合、床を横断して非常に低い圧力降下を有することが必要で、かつ、摩擦、熱衝撃及びダスト粒子の閉塞に対して抵抗性を有することが必要である。」(第九頁第六行ないし第一七行)旨記載したうえ、白金―ロジウム合金のロジウムの量を一重量%ないし二〇重量%未満にしたことによる右触媒の効果について、<1>セラミツクハニカム担体上に沈積された種々の白金―ロジウム混合物(合金)の効果を白金単独のものと比較するために一連の擬態自動車排気ガスについてテストを行つた結果を参考例として示し、その第1図では、入口温度(右排気ガス中の有害成分である一酸化炭素及びプロピレンの一〇〇%変換を可能とする入口温度をいう。以下同じ。)は、白金単独の場合が最も高く、次いで三五重量%のロジウムを含む場合、七・五重量%のロジウムを含む場合、二五重量%のロジウムを含む場合の順に低くなつており、第2図では、入口温度は、白金単独の場合が最も高く、次いで五重量%及び七・五重量%のロジウムを含む場合、一〇重量%、一五重量%及び三五重量%のロジウムを含む場合、二五重量%のロジウムを含む場合の順に低くなつているところ、この結果に基づいて、入口温度についての効果は、第1図において七・五重量%のロジウムを含むもの(本願発明のもの)が三五重量%のロジウムを含む場合より若干良好であり、第2図において一〇重量%及び一五重量%のロジウムを含むもの(本願発明のもの)が三五重量%のロジウムを含むものとほぼ同じであり、五重量%及び七・五重量%のロジウムを含むもの(本願発明のもの)は三五重量%のロジウムを含むものよりわずかに劣るにすぎない(第二八頁第八行ないし第一六行)と結論づけ、<2>実施例一は、排ガス中の一酸化炭素、酸化窒素及びプロピレンの転化率(%)と排ガス中の酸素濃度と白金―ロジウム合金中のロジウム含量との関係をテストした結果(第5図ないし第7図)並びに一酸化炭素及び酸化窒素の転化率(%)と白金―ロジウム合金中のロジウム含有量と酸素濃度との関係をテストした結果(第8図及び第9図)に関するものであるが、「第5図及び第6図の考察から、五及び一〇%のロジウムを含むRh/Ptで三五及び二五%のロジウムを含む触媒(第3図及び第4図)と略等価な結果が得られることがわかる。……これらの結果から、窒素酸化物の還元反応に対する本発明の改良触媒のすぐれた効果が、容易に理解されるであろう。」と結論づけている(以上、第二八頁第一八行ないし第三〇頁第九行)が、これら図面においては、ロジウム含有量五重量%の場合(第6図)と白金単独の場合(第7図)がNOの転化率が殆ど同じであることを示し(したがつて、本願発明のロジウム含有量を一重量%ないし二〇重量%未満としたことによる効果が格別に優れていることを窺わせるものではない。)、<3>実施例二には、参考例と同じ方法で白金―ロジウム合金中のロジウム含有量と点火温度との関係をテストした結果が示され、その結果を表わした第10図にはロジウム含有量が大きくなるに従つて点火温度が低下し、約二五重量%の場合最低となり、それより更にロジウム含有量が大きくなるに従い再び点火温度が上昇することが示され、「低点火温度が好ましいから、少重量%のRhの存在が点火温度、従つて触媒効果に対して著しく有利な効果をもつことが理解できるであろう。」と結論づけていること(以上、第三〇頁第一〇行ないし第三一頁第二行)を認めることができる。上叙認定の事実によると、本願発明は排ガス中に含まれる窒素酸化物を気体還元燃料により還元する際に、低温での点火及び反応進行を可能とする触媒を得ることを目的とすることが明らかであるが、前記参考例及び各実施例の結果からすると、本願発明のものは、点火温度、入口温度に関して、ロジウム含有量が白金―ロジウム合金中二五重量%のものに比し劣るものといわざるを得ず、実施例一においては、ロジウム含有量が五重量%の場合、白金のみのものと転化率がほぼ同じであつて、白金―ロジウム合金を用いたことの効果すら否定せざるを得ない。そうであるとすれば、本願発明の明細書に記された本願発明のロジウム成分比の触媒の効果に関する結論づけは、これをそのまま肯認することはできない。なお、ロジウムが白金より希少かつ高価であることは周知のことであつて、ロジウムの含有量を少なくすることによつて触媒のコストが低減されることは、容易に予測されるところであるが、ロジウム含有量を一重量%ないし二〇重量%未満と少なくしたことによる効果が叙上認定のとおり格別のものでない以上、右コスト低減の効果もまた格別なものということができない。原告は、ロジウム含有量を少なくしても、点火、入口温度低下の効果においてさほど劣らない旨主張するが、この点は、例えば、白金―ロジウム合金中ロジウム二五重量%含有のものと比較するときは、これを肯定することができないことは前認定のとおりであるのみならず、触媒としての性能が最も発揮される組成を採るか、その性能が多少劣つてもコストが安くかつ、希少金属を多量に用いない組成を採るかは、当業者が適宜選択し得るところというべきである。更に、原告は、本願発明の触媒は、反応器に充填された場合の圧力降下が小さく、耐摩耗性、耐熱衝撃性及び微粒ダストの閉塞に対する抵抗性が大きく、活性寿命が引用例のパラジウムの場合に比し非常に長い旨主張する。しかし、前認定のとおり、この点について、本願発明の明細書には、触媒にこのような特性が必要である旨の記載はあるものの、本願発明の組成成分割合の触媒に右の特性のあることについては、前掲甲第二号証の二には、「少くとも二年半の活性寿命を有することが期待できる。」(第二四頁第一六行ないし第一八行)旨の記載があることが認められるのみで、右記載の他にその効果が白金―ロジウム合金においてロジウム含有量を一重量%ないし二〇重量%未満としたことによる効果であることを認めしめるに足りる記載はない。かえつて、成立に争いのない甲第四号証によれば、原告が本件英国出願前に特許出願した、ロジウムがロジウム―白金の混合物又は合金の二〇ないし五〇重量%の触媒を用いる「ガスから窒素酸化物を除去する方法」の発明の明細書には、右の触媒について「少くとも二年半の活性寿命を有すると考えられる。」と記載されていることが認められ、この記載によると、本願発明に触媒の活性寿命の延長が認められるとしても、この効果は、ロジウム―白金合金中のロジウム含有量を本願発明のように限定したことによるものとは認められないところというべきである。以上のとおりであるから、本願発明が白金―ロジウム合金についてロジウムの含有量を一重量%ないし二〇重量%未満としたことには、格別顕著な作用効果があるものとは到底認めることはできず、したがつて、原告のこの点の主張は、採用することができない(なお、原告主張のロジウム含有量を二〇重量%ないし五〇重量%とした発明について特許がなされたこと(この事実は当事者間に争いがない。)が右判断を左右するものでないことは多言を要しないところである。)。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとする。
〔編注〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
耐火性酸化物の層を担持している担体物質からなる触媒であつて、前記耐火性酸化物の層は、ロジウムが一重量%ないし二〇重量%未満の量で存在している、白金―ロジウム合金からなる触媒材料をさらに担持している、排ガス中に含まれる窒素酸化物を気体還元燃料により還元する際に使用するための改良触媒。